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紅林 千賀子

Author:紅林 千賀子
こんにちは。くればやし ちかこです。
ご訪問くださり ありがとうございます。

子連れ同士の再婚をし、その後二人の子どもを産み、
4人の子宝に恵まれました。
つまずく子育てや両親の闘病生活と死・ビジネス・
おこるさまざまな出来事により、
「生きる」という事の意味や人生における出来事・出会いの意味・
「人生における成功哲学」を考えておりました。

澤谷先生・池川明先生との奇跡的な出会いと
その貴重なご指導の下
今までのすべてを振り返り
自分自身と 真に向かい合うことで 
両親・家族・そして自分自身との絆の結びなおしを致しました。

起こることはすべて必然だといいます。
必然であるからこそ、そこに学びが生まれてくるのだと思います。

また しあわせに出来るのは 自分しかいません。
他人は自分をしあわせにしてはくれないし
自分も他人をしあわせにすることは出来ません。

子どもは親を選んで生まれてきます。
そしてまた 親のいない人はいません。

絆の結びなおしのお手伝いをし、
しあわせな人生の実現のサポートを 
一所懸命させていただきます。
〜あなたに代わる あなたはいません。

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辛くても・・・。

親愛なるあなたへ

いいお天気ですね・・・朝夕は かなり涼しくなってきて…。
すっかり 秋ですね。

きょう、学校に行ったら ある方に呼び止められたんです。

その方の お嬢さん、学校に行かれなくなってるそうで…。
詳しくお話を 伺ったら、
担任の先生やお友達との関係が悪いわけではなくて
「ただ、学校に行かないで ママのそばにいたい。」って
言うそうなんです、そのお嬢さん…。

それで、その方 こんな風におっしゃったのです。
「上のおにいちゃんが小学生の頃、大変だったから
下に手がかけられなくて
今頃 赤ちゃん返りが来ているのかも・・・って。
息子はどうやら アスペルガー症候群だったらしい。」
って。
「お医者様がそう言ったの?」って聞いたら、
「うんん。自分でつけたの。だってその方が気が楽だから・・・。」
って。

びっくりしたんです!
大人だって、お医者様に病名を言い渡されただけで
とても辛くなるのに
何で、自分の愛する子どもに 病名をつけるのだろう…。
付けられた子どもは どんな気持ちだろう…。

このお母さんは 自分と向かい合うのが 怖くて
自分のお子さんに 病名を付けたんだろう…
そう思ったんです。

それ違うよ…って思ったんです。
子どもが自分の身体を張って
お母さんに…お父さんに…一所懸命伝えようとしているメッセージじゃない!
って…。

そうしたらね…急にドアが開いて、
末娘のめいが入ってきたんです!

「ママ!ほら、貸してた本が返ってきたよ!」って…。
袋を見たら
野口嘉則さんの「鏡の法則 コミック版」!

…あなたは 本当に神の子ね!!…って。

早速その本を またその方に貸して差し上げたんです。

そしたら お礼のメールが来たので 返信したんです。

「…私も決して平坦ではなかった
子育ての原点に立ち戻ったとき、
それは自分と親との関係でした。

自分と向かい合うのは、結構しんどかったけど、
その大切なことを伝えたくて、
子どもはいろいろやってくれるんですね。

ね?池川先生の
「子どもは親を選んで生まれてくる」ってお話 聞いたでしょ?

それとね、私の尊敬する恩師の
澤谷鑛先生
(「すべての結果は引き寄せられている」と
「絆の法則」の著者でいらっしゃる)のお言葉に
こんな言葉があるんですよ。
《 鬼も夜叉も仏の化身 》って。

先に見えるしあわせの為の 今なのですね。
どうぞ、ゆっくりご自分と向かい合ってみてくださいね…。》

そうしたらね、その方から 夜遅くにまたメールが来たんです。

《 本当に ありがとうございました。
長いこと培ってきた価値観なので、
なかなか自分と向かい合うのは難しいのですが(絵文字)。

毎日、息子の顔色を見ながらの 試行錯誤です。
私の余裕のなさが伝わって、下の子まで不安になっていたんですね。
毎日 葛藤ですね…。
実は もう 身も心もボロボロです。
でも 前向きに行くしかないですね。

本当にありがとうございました!
今後とも よろしくお願い致します(絵文字)》

試行錯誤…。葛藤…。

彼女を抱きしめたくなったんです。

でも…。

彼女のしあわせを本当に 願うのであれば
見守っているしかないんですよね…。

辛くても…。



一枚の葉書き

親愛なるあなたへ

今朝は すっかり晴れわたって 秋晴れですね・・・。
ほんの少しだけ頭に雪をかぶせた富士山を
朝のニュースで 見ました。

いかが お過ごしですか?

実は、昨日 学校から帰ってきためいが
1枚の葉書きを渡してくれたのです。
ポストに入っていた葉書き・・・。
どなたからの 葉書きだと思います?

夫の先妻のお父様からの葉書きだったのです。

驚きました。
でも、宛名を拝見した途端、
とても胸が熱くなったんです。

なぜなら夫の名前の横に
「ご一同様」とあったからです。

もし、夫の名前の横に ちひろの名前が書かれていたら
それでも 当然なことなのに
何となく 寂しさを感じていたことでしょう。

でも、ちひろの名前でもなく
そこにあったその宛名が
「ご一同様」だったのです。

「ご一同様」には、勿論ちひろも 
そしてさつきも 千も めいも
そして 私もいるのだと思ったら
そのお父様のお智慧を 感じずにはいられなかったのです。

自分のことを長いこと「継母だ」って
どこかで卑下していた・・・
そんな私の背中を
そっと擦ってくれたような・・・
そんな気持ちになったのです。

お父様は ご病気になられてしまわれ
お母様も 体調が良くなくて
直ぐには 亡き娘のお墓の案内をちひろにできないけれど
息子がロンドンから 時々帰ってくるときに・・・きっと・・・
とのことでした。

私はね、そんな素晴らしいお父様が育てられたお嬢様が
ちひろのお母様だったのを とても嬉しく感じたのです。

誰が誰の何・・・なんて
本当にちっぽけなものに過ぎないって、
その一枚の葉書きから 教えていただいたのです。

きっとね、その葉書きはお父様のお智慧でもあり、
些細なことで シュンとしてしまった私への
夫の先妻である理香子さんからの
天国からのお智慧でもあったのでしょうね・・・。

人が人を愛する・・・って
そういうことなのかもしれませんね・・・。

                       千賀子

夢の実現

9月27日〜28日 京都で
澤谷 鑛先生の「しあわせな人生の実現をサポートする人材養成講座」の
第2回目の 秋季合宿が 行われた。

みなそれぞれに とても充実していて
すっごいな〜!と 思った!

   5月に「絆の法則」が出版されてからだろうか・・・。
   次から次へと 雪崩の如くいろいろなことが起こり
   お願い!この涙 誰か止めて!というくらい泣き
   燃え盛った夏の日は
   「晩夏のセミナー」で 幕を閉じた。

   そんな後 あえぎながらも 
   夏バテと称して 脱力感にボーっとしていた9月だった。

   いつか 神田翔臣先生が おっしゃったお言葉。
   「少し止まると書いて 歩くと読む」
   という 言葉を思い出して
   中秋の名月を 眺めては 少し止まってみた。


そんな9月を締めくくる養成講座に臨んだ私は
アラアラ・・・みんなに置いていかれちゃいそう・・・
と 一瞬焦りを感じつつ

直ぐに察知してくれた 桑名さん・・・
温かい言葉をかけてくださった 皆さまがたに・・・
ありがたいな〜と 
その心地よい空気に身を委ねて

ふと 3年くらい前に思った夢を 思い出した。

私の夢は
「こころの友と旅のできる 美しく心豊かな人生」

旅の出来る そこそこのお金があって
体が 元気で
家族も 元気で
共に人生の深いところや 夢や 美を語り合える・・・

そんな「こころの友と旅のできる美しく心豊かな人生」が 夢だった。


これまで長いこと 
自分のこと 負い目に感じていたから
自分のこと 決して 明かすことはなかった。

そんな私のことを

仲間は すべてを受け容れてくれた。
仲間は すべてを赦してくれた。
仲間は すべてを認めてくれた。
仲間は すべてを愛してくれた。

1本の花の如く 
美しく自立した者同士が 
付かず離れずの距離で シャンと立ち
爽やかな心地よい風に なびいているようだった。

糸と糸が 程よい按配で 結び合えた「絆」なのだと思う。

「澤谷 鑛先生」という恩師の下で
ずっと お互いの生長を祈りあえる
ホンモノの友に なることが出来るであろう・・・。
きっと 生涯の友になるだろう・・・。

お金では 決して買うことの出来ない 友。
この広い宇宙で 出会うことの出来た 心の友。
他生からの深遠なる 深いご縁なのだと思う。


・・・夢の実現だと思った。

真実のドラマ

今日 書の展覧会に 八幡宮に行ってまいりました。
一枚一枚 書を見ながら
昨年の今頃を 思い出していました。

昨年は「天上天下唯我独尊」
今年は「風来自開門」でした。

先輩の書かれた 素晴らしい文字が
とても 気に入りました。
「身閑夢亦安」

昨年は 宮司さんが 書かれた「心如水」に 何かを感じ
展覧会の後 鎌倉の大海原に向かいました。

そこで 母の愛を改めて思い 
そしてその後 9月30日に初めて 
澤谷先生の「ヒューマンライフ京都セミナー」に伺いました。

会場の入口のロビーで ひとりの女性にお目にかかったとき
この方が 木綿子さんだな・・・と 思いましたし、
私の隣の空席に 来られた女性を 
この方がkoikoiさんだな・・・と 
直感がみごとに働いていたことなどまでも
しみじみと 思い出しておりました。


そんな私が いつしか「絆の法則」のブログに
コメントさせていただくようになって・・・
本当に 生意気だな・・・と 
時々自分を恥ずかしく感じたり致します。


まだまだ 路頭に迷うときや・・・
自我の殻にもぐるとき・・・

私は 何かを解決したいのではなくて
ただ 私の気持ちを 解ってほしかっただけなの!
と 幼稚なエゴが顔を出すとき・・・

自分で『自分の感受性くらい』を 自分に投げかけます。

「・・・初心消えかかるのを暮らしのせいにはするな
そもそもがひよわな志にすぎなかった・・・」

でも それでも
どうしようもないとき
ピアノの上の「絆の法則」を 開きます。

河嶋さんや 菱形さんや 肥後の菊池さんや・・・
「木綿子さん」のお名前も登場しますよね・・・。
難病特定疾患の方や
皆様方の その生き様を また拝読したとき・・・

穴があったら 入りたくなるくらい
私なんて 本当にちっぽけなものに感じられてきて・・・
何度 読んでも 涙が溢れてくるのです。

本当に そこに書かれていらっしゃる皆様方は
ご自分の人生を歩みながら
ひとりひとりが
しゃんと 胸を張って自立しながら
森羅万象のその中で
和して解け合って
生きていらっしゃるのですものね。


池川先生の 今度の新刊「ママ、さよなら。ありがとう」も
死産や流産の真実のドラマを 
ひとつひとつ 書かれたものでしたが
不思議なもので 
最近 私がご縁のある方は・・・そのトラウマに悩まされていらして
もう おふたかたに プレゼントしました。

「真実のドラマ」って 本当に素晴らしいと思います。
そこに 生きているのですものね・・・。

先生方が クライアントさんや 患者さんと
向かい合われるその時
相手のしあわせを 心から信頼しつつ
その生き様と寄り添っていらっしゃる
紛れもない真実のお話なんですものね・・・。

私も いつかきっと
そんな人 になりたいと思います。

木花咲耶姫

「毎年夏になると2~3ヶ月 北海道にいるんだ。
案内するよ。一度来いよ。」
数年間 北海道富良野のラベンダーばかりを撮り
個展まで開いていた写真家の彼が そう言った。
「うん。必ず行く。」

ラベンダーの紫と 小麦畑の小麦色 ネギ坊主のみどり色・・・。
その鮮やかなコントラストは 広がる大地を織り成していた。

・・・でも北海道に行く前に彼に貰ったこの長編を
全部制覇してからにしないと・・・。
本のタイトルは 解らない。
古事記にある木花咲耶姫と 岩長姫のことが 書かれていたのだけ。

木の花が咲きそろうほど短い命を意味する 木花咲耶姫と
岩のような安泰を意味する 見栄えの悪い岩長姫。

「咲耶ちゃん・・・なんて 可愛い名前ね・・・どうしてそういう名前を付けたの?」
「木花咲耶姫って 知ってる?
それが この娘の名前の由来なんだ・・・。一度読んでみろよ。」
と 渡された本だった。

「俺が ごろごろ寝ていたところにやって来て
歯磨き粉と 歯ブラシ買ってきてって
頼んだら 買ってきてくれたんだ。」
彼がまだ 写真家として売れなかった頃に
知り合った先妻のことを 話していた。

先妻は 咲耶ちゃんを産んで直ぐに 癌で亡くなっていた。

ジープを乗り回していたと思ったら
今度は イタリアのLANCIAを乗りまわした。

彼とデートするときは
天気も 風も 車のBGMさえも ドラマだった。

そんな芸術家の彼に とても興味があった。
だから 何でも知っておきたかった。
だから 北海道に行く前に 
この本を全部制覇してからでないと・・・
5冊もある長編は 苦手だったのだけれど 
行く前に読んでおきたかった。

でも 本を制覇して 北海道に行ったら
すべては そこで終わるのは 解っていた。

北海道のある湖のほとりに 廃校になった学校があって
そこはそのまま 芸術家たちの・・・
家具職人や 作家や そして彼のような写真家が 使う
アトリエになっていた。
前に広がる一面の湖と 赤い屋根のこの学校・・・このアトリエ。

車で道内をいろいろ案内してもらった後
そのアトリエに 着いた。

廃校になったその赤い屋根の建物は
まるで二十四の瞳にでも
出てきそうな古びた建物。

みしみしと 音のする廊下と
何年何組と 書いてある教室の札。
今にも お化けが出てきそうなトイレと
明治時代に作られたような
和洋折衷の家具。

フランスやイタリアで 勉強してきた
芸術家たちで色づけされた それは
とても洗練されたものだった。

こんなところで ずっと暮らせたらいいな・・・。
ぐるぐると建物の中を 回った後
大きく息を吐いた。

すると 目の前にテレビがあって
そのテレビの上に 額に入った美しい女性の写真が
飾られていた。

「あ!ごめん。」
彼が 私の顔を見たとたん
写真たてを パタンと 倒した。

・・・いいよ。大丈夫・・・。

・・・木花咲耶姫・・・
貴女は 咲耶ちゃんと一緒にずっといたのね・・・。
彼の心の中に・・・。

私は やはりいつも岩長姫・・・。




朝 目を覚ますと 夢を見て泣いたらしく
枕が濡れていた・・・。

昨日 ちひろが見せてくれた形見の 夫の先妻の絵は・・・
そのテレビの上の写真たてを 思い出させ
潜在意識を デトックスさせてくれたのかもしれない。

それにしても 何で こういうカラクリなんだろう・・・。

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