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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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晩夏のセミナー~「遺愛集」と「赤とんぼ」 (前)

2008年8月23日(土)晩夏のある日・・・
「澤谷 鑛 ヒューマンライフセミナー」は 開かれました。

そこで 不意打ちを狙ったかのように またここで
私は「遺愛集」に 出会ったのです。

4月の下旬だったでしょうか。
「絆の法則」の「変容のチャンス」(りんりんさん)に 
私は コメントしていたのですが・・・。
http://kizuna.personslink.com/?eid=877087#comments

《 今朝、円覚寺の日曜座禅会に 伺いました。
今日のご法話は、歌人 窪田 空穂(くぼたうつぼ)さん(1877~1967)と 
死刑囚 島 秋人さんとの 絆と 
そして そのお二人のご縁を結んだ 島秋人さんの 恩師のお話でした。

死刑囚 島秋人さんが 人生を振り返ったとき 牢獄で 思い出した 
小学校の頃の恩師に「絵は下手くそだけれど、構図はいいね。」と
生まれて初めて 褒められた そのお言葉と
その恩師から 牢獄に届いた「詩をお詠みなさい。」というお手紙 のお話でした。

牢獄で書き続けた その短歌は 毎日新聞の歌壇に投稿されるようになり
それが 窪田 空穂さんの目に留まり やがて それは 窪田 空穂さんの
序文の書かれた「遺愛集」になったのですが
その完成を見ずに 島秋人さんは 死刑に処せられました。

そのお話は「衆生の 慈愛の心で 掛けたそのひと言は、何よりもまさる」と
和尚さんは 道元禅師の「正法眼蔵」の「愛語」で締めくくられたのですが
私はそのご法話を聴いていて 澤谷先生を思い出したのです。

私に「書きなさい。」と…。

私は 澤谷先生に、いろいろカウンセリングされたと言うより、
ただ 私が一方的に書いていたことが ブログに掲載していただき
澤谷先生や桑名さんやKoikoiさんや皆様方にコメントいただきました。

また 先生にメールしてもお返事がないときも 何度もありました。
でもそれは カウンセラーに依存しないように…
私が 自立できることを信じて下さっていたのです。
また あの時あのメールを頂かなかったら
私はこの世にはもう既にいなかったかもしれない・・・と
未だに思い出す時があります。

その早からず遅からずのタイミングで
頂いたお言葉が「水は永遠に濁らない」でした。
私は 刑に処せられたわけではありません。
でも 自分の人生をこうやって書かせていただいく度に、
自分で 自分の心を深く見つめ 懺悔し、赦し、愛し、癒し、祝福する
・・・ということをしていたのだと 初めて深くそれに気が付いたのです。
そしてまた 澤谷先生は それを知っていて そうして下さったのだと…
上手いとか下手とか関係なく
「書く」ということの素晴らしさを…改めて思ったのです。 》

あの日あの時 円覚寺で「何故ここで このご法話をいただくの?私は罪人?」
と 一瞬思いつつ 
次第に 何だか 放心状態のように感動していきました。

円覚寺から帰ると直ぐに「遺愛集」を注文しました。
獄中で描かれた数々の絵画作品は 本を鮮やかに飾り
構図だけでなく
そこに あったかい温もりと愛が 感じられました。

昭和35年 私が丁度生まれた年
「構図がいいね・・・。」と
中学のとき 初めて褒めてくれた美術の吉田先生に 秋人は手紙を記します。
「拝復 厚意のこもったお情けのあるお手紙と図画をいただき
ありがとうございました。
お手紙は一日の日、図画は今日受け取りました。
お手紙を開くと何となくなつかしい先生の匂いが感じられました。
僕も香じゃく寺のお住職と先生のお宅との不思議な仏えんにおどろきます。
・・・・・・・僕は満州から引き揚げてきてから今日まで
自分には不幸な運命しかないものだと思ってあきらめてきましたが、
世の中にはまだまだ親切な方々が居られて
僕のような罪人となった教え子でも 
心から暖かい同情のお心をよせて下さるかと・・・・・・。」(遺愛集から)

「構図がいいね・・・。」と
よくよく思えば とてもとても大切な「構図」。
それは 確かに褒め言葉だったのだな・・・
と 今日になってつくづく そう思ったのですが・・・。

その人生でたったひと言 いただいた「褒め言葉」と
島秋人のその人生と その懺悔と 
そして 澤谷先生が 私におっしゃった
「書きなさい・・・。」

それは 確か 昨日書いた「成功哲学の罠」の原文
「欲にかられた「すれ違っていった罪」」の時でした。
やはり「罪人」だったのかな・・・と 後からそう思ったのですが
私は赤裸々に 書いているうちに 私は 私の中の
「濁っていない水」を 見つけることが できていたことを
セミナーで 静かに 思い出していたのです。

手についた墨は 必ず洗い落とせるし
誰ひとり 濁った人なんて いないのですから・・・。

しばし 見つめたその直筆
《 この澄める こころ在るとは 識らず来て
処刑の明日に 迫る夜 温し 》

《 笑む今 素直になりし このいのち 
在るとは識らず 生かされて知る 》

次第に季節はずれになっていく蝉の声と 風鈴の音のように
しみじみ こころに染み入ります。
(つづく)
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