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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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結婚

娘とそして婚約者と一緒に、実家のお墓参りに行った。
空は青々と晴れ渡り、とても梅雨とは思えない。
お墓につくと早速、二人はお墓の掃除をはじめた。
そして仏花を飾り、準備が整うと、二人はそこにしゃがみ込み、
何やら神妙に、結婚のことを両親に報告していた。

私と娘の二人暮らしを誰よりも支えてくれていたのは、
実両親だったからか・・・娘の報告の時間はとても長かった。

お参りをすませ、今度は一緒に、義父の家に挨拶に向かう予定だったが、
二人が、何か荷物を取りに行くというので、一旦駅で別れた。
彼に寄り添いながら、ホームの反対側に向かう娘の、
私には決して見せることのない表情を見送ると、
電車のドアは静かに閉じた。


その後、義父の家に、娘と彼が来て、家族全員が揃った。
もう直ぐ91歳になる義父は、それはそれは大喜びしてくれた。
みんなで夕飯を共にすると、彼が持ってきたカメラで、集合写真を撮った。

「本当に不思議なものだね、ご縁というものは・・・。
こうして、香川の方とご縁が出来るなんてね・・・。
でもきっと、ご先祖さまか・・・何か解らない・・・
何か不思議な約束ごとみたいな・・・そんなものがあったのでしょうね・・・。」

義父は静かに笑いながら、孫たち独りひとりに目をやった。


数日後、義父の家に、ささやかな食事を持って出かけた。
すると、まだ興奮冷めやらぬ感じで、義父は私に言った。

「惠美さん。本当に良かったね~。
藍ちゃんも、あんなに素晴らしい方と出会って・・・。
これからは、これまで以上にしあわせになって貰わないとね・・・。
それにしても、あなたは本当によく4人の子どもを立派に育ててくれました。」

「そんな・・・とんでもない、お父さん。立派だなんて・・・」

すると言葉をさえぎるように、
「そういえば、言ってましたよ。とし子がまだ生きていた頃・・・
『 僕が先に死んで、君が残ったらどうする? この家で独りで暮らすか?』
って、聞いたことがあったんですよ。
そうしたら、とし子は
『 いえいえ・・・私はすぐに惠美さんのところに行きますよ。
あの娘は、苦労している分、優しいからね~』って・・・。」

「お義父さん。何で今頃・・・」

思わず言葉を失い、わっと涙が溢れた。
義父も眼鏡を外して、涙を拭った。

再婚した当初の 「恵美さん。頼みましたよ」
という義母の短い言葉が頼りだった。
本当に賢い義母だった。
そんな義母が亡くなって、13年間もひとりでしっかり生きている義父。

毎朝3時半に起き、神棚やお仏壇のご給仕を終え、
自分で考案した神前体操を終えると、
4時半から一時間、散歩がてら新聞を買いに出かける。
帰ると、自分で考案した健康食(バナナとトーストと牛乳)を食べ、
未だ記者時代の使命感を失わず、業界新聞に載せる記事をワープロで打ち始める。
4時にはお風呂に入り、その後夕飯と晩酌を済ませると、6時半には、床に着く。
・・・それが義父の生活のリズムであり、生きる術だった。

私たちはと言えば、4人の子ども達それぞれの学校のことや
実両親の闘病のことなどを口実を作っては、我儘に生きてきたのに、
今頃そんな言葉を聞かされるのは、本当に申し訳なかったし、恥ずかしかった。

義母はあの世で、どんな想いでいるだろう・・・。


・・・ふと思い出した。
娘と二人で初めて、この主人の実家にご挨拶に来た小春日和の日のことを・・・。
応接間に通され、まだ6歳だった娘と二人で、ちょこんとソファに座っていると、

「やあ~よくいらっしゃいました!」

義父の爽快な笑顔に、
「バツ」がついた私と その横に何も知らずに座る娘の藍を
そのまんま、ありのまんま、受け入れてくれたのを感じた。

そしてその真摯な姿に、
陽だまりの中、滝のしずくがライスシャワーのようにキラキラ舞い、
身体中の毛穴から毛細血管の隅々までが、
その清らかな流れの中に溶け込んでいくのを感じたのだった。


私たち家族は、それぞれに何があっても、
しっかり大地に根ざした「義父」という大木の元で、
これまで育んでこれたように思う。
自分自身の「良心」だけでなく、
自分自身の「義父」に恥じないよう、
・・・何かそんなもので繋がりながら、育ってこれたように感じる。
主人や私も・・・。


そして義父は続けた。

「これからも身体に気を付けてくださいよ。
あなたは大切な人なのですから・・・。」


感謝しきれないほどの想いと共に、

私は本当に山田家に嫁ぐことができたように
初めて心から思った。



梅雨の日の夕焼け


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