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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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産んでくれてありがとう!

魂が揺さぶられるような記事を見つけた。

「人物語」というコラムの
~自死遺児「母よ」~母の日に文集「産んでくれてありがとう」~
だった。

『 5月の「母の日」を前に一冊の文集が出版される。
母を亡くした人たちが
母への思いをつづる文集だ。
準備を進める同志社大生、尾角光美さん(おかくてるみ・25)が
母を亡くして7回目の春が来た。

大学に入るまで東京に住んでいた。
幼い頃から、いつも母の顔色をうかがっていた。
精神が不安定で、優しくしてくれたかと思うと、
次の瞬間には激しくしかる。

「あんたなんか産まなきゃよかった」と 
言われるのが一番悲しかった。


2003年3月。 大学に合格した日の1週間後の夜に、
母は突然、「出て行く」と言い出した。
玄関で手をつかみ、行かせまいとしたが、最後は手を離した。

井の頭公園で遺体が見つかったのは、その2日後。 
睡眠薬を飲んで凍死していた。
そばに茶色のバッグがあった。 
前年の母の日に初めて贈ったバッグだった。

奨学金を借りて入学したが、すぐに体調を崩した。
私が手を離したから死んだんだ。 そう自分を責めた。
周囲から「君のせいじゃない」と 励まされると、
かえってつらかった。
私も死にたいとばかり考え、約2年間、大学に行けなかった。

自死遺児の集いを初めて覗いたのは2年生が終わる頃。 
参加者が口にする素直な言葉に驚いた。

「自分を責めてもいいよね」
「回復するまで時間がかかっていいじゃない」。

ありのままの自分でいいんだ。 そう言ってもらえた気がした。


街が「母の日」一色に染まっていた 一昨年5月。
何とはなしに、インターネットで
この日の起源を調べてみて 息をのんだ。

母を亡くした米国の少女が追悼の会を開いたのが 始まりというのだ。

母の亡くなった自分には関係のない日だと思っていた。 

でも違った。

昨年の母の日、病気や自殺などで母を失った人たちに呼びかけて
手作りの文集を作った。

病死した母への想いから看護師になった女性はこう書いた。
「大切な人を亡くしてから後悔する人を少しでも減らしたいと思い、
働いてるんやで」。

母のちらしずしを懐かしむ女性もいた。
「あの優しいにおいにはならへんから、作るたびにとても恋しくなる」


自分が涙をふきながら書いたのはこんな言葉だ。


「産んでくれてありがとう。 生まれてきて、よかった。 
生きていきます。」


刷った1000部はすぐになくなった。
手にとったのは、同じ境遇の人だけではなかった。
認知症の母と暮らす男性。 
出産を機に母への感謝が増したという女性。
今いる家族をもっと大事にしたくなったと、
それぞれが思いを寄せてくれた。

ここで生まれたつながりを、もっと広げたい。
そんな気持ちから、今年は仲間たちと出版社に掛け合った。

尾角さんもこれから原稿を書く。

昨年は母を亡くした後の思いを書いたが、
今度は一緒に生きた時間をつづろうと思っている。 』


その記事の最後に文集に載せる原稿を募集していた。
私のPCはその時壊れていたので、
直ぐに、原稿と応援のメッセージを携帯から送った。


私も、血管が浮き出たやせ細った
母の手のぬくもりを覚えているように、
尾角さんもきっと、玄関でするりと手を離した
お母さまの手のぬくもりを覚えているのであろう。

…そう思った。


それでも、彼女は立ち上がったのだ。

自死遺児の会で、ありのままの自分を受け容れてもらえたあと、
少しずつ立ち上がっていった彼女は、

自分とは無関係と思っていた「母の日」の起源となった
米国の少女の話を知り、ご自身に問いかけたのだろう。


「で、そこからどう生きるか!」

きっと、彼女は、立ち止まって考えたのだ。


病気や自殺などで母を失った人たちに 呼びかけ
手作りの文集を作ることで、
その文集を綴った多くの人たちとの絆によって
悲しみも喜びも憂いもすべてを 共に味わい、
共に生きていくことを 心から決めたのだ。

「産んでくれてありがとう。生まれてきて、よかった。
生きていきます。」と。

震えるほど「生きる」勇気を私に分けてくれた 尾角さんへ
感謝の想いがやまない。

昨年は お母さまを亡くした後の思いを綴られたが、
今年は お母さまと一緒に生きた時間をつづられるという。
ひと回りもふた回りも、心の幅を広げ、
「生きる」ことを愛していかれるよう 心から祈る。


私の次女である養女も 産んでくれた亡き母に
心からそう思う日がくると 信じている。

私も、亡き母へ 
「産んでくれて ありがとう」


お墓参りに行ってきます。


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