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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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子ども社会のストレス・大人社会のストレス

末娘の小学校の担任の先生との個人面談があった。
昨日、日記に書かせていただいた通りの素敵な先生だ。
いつもお世話になっていることへの感謝の言葉しか出てこない。

「何か気になることはありませんか?」

先生のにこやかな笑顔に、特に答えることもなかったのだが、
14歳年上の長女が小学生の頃から、
次女の時にも、長男の時にも、
この高学年の頃になると必ず始まり、
代々続いていた子ども社会の不思議なルールについて話してみた。

それは例えばAさんとBさんが
もともと放課後に遊ぶ約束をしているところに、
Cさんが「あそぼ!」とAさんに言ってきたときに、
Bさんに聞いてみてからでないと、
簡単に入ることが出来ないという面倒なルールなのだ。
これが、AさんとBさんと二人くらいならまだしも、
D・E・F・G・H・I・J・・・とたくさんいたなら、
その全員の承諾を得ない限り仲間には入れて貰えない。

長女が14年前、小学5年生だった頃、
承諾を得るために、次から次へと電話をしていたのを見て
呆れかえってしまったものだった。

しかし、つい2週間ほど前にも、
末娘も未だに続いていたらしいそのルールに則り、
電話をして承諾を得ている会話を
久しぶりに聞いてしまったのだ。


私が子どもの頃は、
まず、小学生の頃から、わざわざ電話を使って
お友達と遊ぶ約束をすることもなかったから、
学校で約束をしてくるか、
さもなければ、適当に公園に行って遊んだものだし、
もう既にグループになって遊んでいる場合には、
「入れて」と言って仲間に入れて貰い、
抜けたくなったら、適当に抜けていた
・・・そんなものだった気がする。

「僕が教員になった15年位前も・・・
ですからそれは、別の小学校でしたけれど・・・
そんな子ども同士のルールみたいなものがあって、
僕も驚いたのを覚えています。
子ども同士の仁義のようなものなんでしょうね。
それからね、子ども同士の中に
“出る杭は打たれる”というのもあるんです・・・。」

思わず溜息が洩れてしまった。

・・・何で小学生から、自ら心を縛りつけるのだろうか。
のびのび屈託なく過ごすことが出来ないのだろうか。
まるで大人のようだ。 いや、大人以上なのかもしれない。・・・

「いじめの構造に近いものですよね?」

「そうなんです・・・」

「そのままの自分を認められないっていうか・・・
・・・それにしても、大人以上かもしれないですね。」

とポツンと、先生に呟いたとき、
ふと3年生の頃の担任の先生のことを思い出した。

大手IT企業から、教員に転職した先生だ。
教師になることが、以前からの夢だったそうだ。

とてもユニークな先生だった。
45分の授業はまるで噺家のようで、
誰ひとり集中力を欠かすことのないほど、進め方が上手だったし、
問題児と言われていた男子も、おとなしく集中して授業を聴くようになり、
お友達とも楽しそうに過ごせるようになった。

時々、教室には「エンヤ」の曲が流れたり、
ギターを弾いてくれたり、
お誕生日にはひとりひとりの似顔絵つきメッセージを頂いたりもした。

だから、娘が4年生になってから、
その先生が骨の病気で入院したと聞いた時には、
元のクラスのメンバー全員集まって、
手紙やビデオを贈るほどの人気だった。


・・・なのに・・・


あれから、2年近く経って、今だに帰ってこない。


実は、骨の病気なんかではなく、
精神的な病に陥ってしまい、
心療内科に通い続けていたのだった。


勿論、娘には話せる話ではない。


「管理職・・・とか・・・保護者とか・・・」
小さな声で呟いた。

すると、先生がやはり小さな声で、ポツリと・・・

「・・・両方のいろいろなタイミングが重なってしまったのですね・・・
僕だっていつなんどき、どんなタイミングでそうなるか解りません。」

「そうなる前に、何かお役に立てることがあったら、
おっしゃってくださいね・・・」

つい、言ってしまった後、
私に何が出来るというのか・・・と思ったけれど、

今子どもを取り巻く環境がさまざまな様子になっているのを
感じた時・・・
時代や社会のせいにしてはいられないと思う。

何かが違う。どこかがずれている。

先日もモンスターペアレンツの問題が
新聞を賑わせていたし、

不登校、いじめ・・・
さまざまな問題があるけれど・・・


子ども社会のストレスも大人社会のストレスも・・・
どこの誰にとっても・・・
基本は家庭であり、家族なのではないだろうか。


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