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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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出会いと別れ

近くに住んでいた伯母は3年前に倒れ、
二つの病院を転院しました。
そして最期は老人健康医療施設で、
夜中、腹部大動脈瘤の破裂により、
あの世へ逝ってしまいました。

丁度1年前のことでした。

ひとりになってしまった伯父を見舞いつつ、
私はその近くにあった老人ホームで働くことにしました。

以前「風鈴」と題して日記を書かせていただいた
ホームのお婆さまは、当時はまだ言語を失ってはいませんでした。
危ないから・・・と、鈴をつけた杖をつきながら、
ホーム内を徘徊しておられたのですが、
ある日、転んで入院してしまってから、
言語を失ってしまったのです。

それから、今年4月になって、
お嬢様がスイスからお見えになりました。


《チリーン・・・チリーン・・・
おばあちゃまが歩く度に館内に響き渡る、
その鈴の音は、静かな音叉となり、
「ファイト! オー! ファイト! オー!」
と、斜陽にこだまする女子中学生の間を通り抜け、
鎌倉の山越え、遥か遠き故郷へ響き渡っていくようでした。
それはまるで、晩夏に揺れる風鈴の音のようでした。》

「風鈴」

http://kizunanoinori.blog17.fc2.com/blog-entry-273.html#comment-top

そうです!
その鈴の音は、鎌倉の山越え、遥かスイスまで届いていたのです!!

言語はすっかり失ってしまったけれど、
お嬢様がお話される言葉を紙に写して書いておられたのです!
その日の献立表も、まるで小学一年生のように、
一所懸命、写しておられるお姿がとてもとても印象的でした。
ただ、言語の機能を失ったというだけのことだったのです。

人は話すことが出来なくなったり、肢体が麻痺したりすると、
ついつい違った目で観てしまいがちですが、
ちゃんとそこには生きた意識があるのだとつくづく感じました。


でもやはり私は、全くの他人だから、
少し離れた距離で観ていられたのかも知れません。
もし実の母の姿だったら、やはりやるせない・・・
何とも言えない気持ちだったことでしょう。

帰国して、毎日のように見舞いに来られる、
国連機関で通訳を務めるそのお嬢様とも、
すっかり仲良くなり、帰りは一緒に帰るようになりました。


スイスでの「アルプスの少女ハイジ」のような暮らしぶりや、
国際会議のお話、
私も子どもの頃の夢はお恥ずかしながら、
そんな大それた夢を持ち、
国連の旗を見る度に、ドキドキしてする位だったこと・・・

今は、誰も居なくなってしまったそのお婆さまの鎌倉の家は、
アライグマとリスの住み家になっていること、などなど・・・。

とても、初めてお会いしたようには思えないほど、
お嬢様との会話は弾みました。
そして5月半ば、お嬢様はまたスイスの自分の家へと、
旅立たれたのです。

「もう、これで最後かも知れないと思って来たんですよ。
もう母は、93ですから・・・。明日の11時に旅立ちます。
これからも母のことをよろしくお願いいたします。」

「そうですか・・・。
でも、大変申し訳ないのですが、
私ももうここを今月いっぱいで辞めさせて頂くのです。」

そう言って、連絡先をお互いに交換し合いました。

伯父も、息子夫婦の家の近くの老人ホームへ移ることが決まったのです。
これまでの人生を守ってくれていたその家やその土地を処分し、
新しい最期の安住の地を息子夫婦の家の近くに選んだのでした。

これまで、伯父の姿を誰よりも間近に見ていたので、
人生の最終章の舞台を老人ホームに選ばれた・・・
いや選ばざるを得なかった方々のお姿は、
他人事ではありませんでした。

でも、また私自身も、悩んだあげく、
また違った暮らし方を選ぶことに決めたのでした。
私の本当の夢を実現させるための暮らし方・・・。

勤めの最後の日、どうしようかとしばらく迷いましたが、
不義理は良くないと思い、各部屋へご挨拶に伺いました。

「何だか、それじゃあ、寂しくなるね・・・」

ふと見ると、あるお婆さんは、涙を一所懸命隠しておられたのです。
私の顔を見る度に、東京音頭♪ を元気よく歌ってくれた、
歌の大好きな明るい方でした。

「ごめんなさい・・・どうかお元気で・・・」

逃げるように部屋を去りました。後にしました。
挨拶なんてするべきではなかった・・・。

今も、今頃はおやつを召し上がっていらっしゃるかな~、
なんて考えてしまうことがあります。
でも、それじゃあいけない・・・念を残してしまいますものね。


行く川のながれは絶えずして
しかももとの水にあらず
よどみに浮ぶうたかたは
かつ消えかつ結びて
久しくとどまることなし



たっくさんの思い出を頂きました。
それは、私の心の財産になりました。


刹那的でもある人生で、
たましいに刻まれたその想いは、
デトックスされながらも、
また次へと再生されていくようです。

形あるものは壊れていくし、
その破壊がまた次へと再生しながら、拡大し、
そして螺旋階段を昇るように必ず、
向上していくものと信じたい・・・。


意味がない出会いはない・・・。
出会ったご縁は・・・
絆は・・・

永遠なのだとこころからそう思います。


追記:


先日、そのスイスの娘さんから、
メールをいただきました。

《 ・・・昨晩地中海から戻りました。
イタリア ヴェニスを出発し、
アドリア海沿岸の諸都市に寄港しながら、最後はアテネでした。
島々をめぐり、素晴らしい旅路でした。
チューリッヒからヴェニスまでは飛行機で1時間ですので、
海のないスイスからでも簡単にクルーズに参加できます。・・・》

このしあわせそうなメールを・・・
この娘さんの旅路を・・・
何も知らないお母様はどれほど喜んでおられることでしょう・・・。

子どもへの片思いを切なく感じつつも、
親はやはり子どものしあわせが、
何より嬉しいのだと感じました。







 

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