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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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確かにここにある大切な心~サンデーモーニング年末スペシャル『豊かなのに幸せになれない、なぜ?「豊かさ」の正体』から~

先日、大掃除をしようと思ったら、テレビを真剣に見ている夫につられ、
つい一緒になって私も見てしまいました。

関口宏さんが司会を務める「サンデーモーニング年末スペシャル」でした。
タイトルは、豊かなのに幸せになれない、なぜ?「豊かさ」の正体 です。

戦前・戦後の村社会から、孤立した現代社会への変化の様子について
フローチャートで示しながら、
児童虐待数や自殺者数が増加している状況について、
物質的に豊かになった分、失われてしまった日本人の心の豊かさや

アメリカの児童虐待や高齢者虐待の問題を日本も追っていることや、
弱者を敗者扱いしがちなことなどについて話し合われていました。
また、日本国民のGDPの推移は過去50年間で7倍になっていても、
生活満足度は変わっていないこと。
戦死者の霊が歸國しこの国の今の姿を目にしたらどう思うか、
という内容の今年の夏に、放送された倉本聡のドラマ「歸國」を振り返り、
倉本聡さんも便利さを追い求めるうちに、
人類は賢い人間を意味するホモ・サピエンスから
不可解な人間を意味するホモ・サスペンスに変わったのではと懸念されていました。

しかし、そんな中でも、川崎市宮前区の初山地区の人々は、
ドキュメンタリー映画「うつし世の静寂に」にその暮らしが捉えられているように
昔ながらの習慣を受け継ぎながら生活しているそうです。
地域の人々がお金を出し合い融通しあう「無尽講」という仕組みについて
番組で解説していました。

「支え合う」ということがなくなってしまった現代。

多くのものが切り離されている現実の中で、
新たな支え合いを促す「触媒」となるものが必要だとも
最後に語られていました。

つまり次世代交流です。
これは本当に大切なことだと思いました。


戦後しばらく経ってから生まれた私には、
戦前戦後のことは勿論語ることはできませんし、
村社会でのしがらみを快いと思えるかどうか解りません。
また、どんなに「三丁目の夕日」の時代を懐かしんでも、
過去には決して戻れないのです。

ただ、せめてもう少しだけでも、
家族が支え合い、隣近所の方々とも、支え合って生きていけたら・・・
今のように自殺者は多くないことは確かだと思うし、
今ほど 子育ても大変ではないと思うのです。

長女が小学生だった20年ほど前ですら、
よその子どもを平気で叱り、よその方から我が子も叱られるというように、
社会全体で世の中のルールを教え合う世の中でしたし、
母親たちも、子ども会や地域での活動を通して
「先輩ママさん」や地域の方々にいろいろなことを教えていただいたものでした。
しかし今では、お母さんたちも仕事に出る方が増えているため、
子ども会も、地域活動も、PTA活動もかなり簡略化されてしまいました。

また、殆どが核家族ですので、知恵袋をたくさん持った「おばあちゃん」という
母親にとっても 子どもにとっても、
逃げ場やクッション的存在となるような人がいません。

一番身近と言える夫に相談しても、なかなか意志の疎通が見られず、
中には夫のうつ病で悩んでいるお母さま方も 少なからず存じています。

また、せめて夫に話を聞いてもらい、感情を共有して貰いたいだけだったのに、
なかなかその思いが伝わらず、母親たちの子育ての間違え探しは、
罪悪感・無価値感となり、子ども達が望まない方向へ追い詰められていくのです。
 
悲しいことに、今年もたくさんの児童虐待事件が起こりました。
ネグレクトを受けている子ども達も多く見られます。
行政が調べても、「しつけ」という名で真実が明かされないまま、
死へと至らしめられた悲惨な事件がありました。

学校でいじめを受けていても、たとえ本人が先生に訴えても、
先生が取りいってくれず、ひとりで亡くなっていくという悲惨な事件もありました。

言葉が遣えても、SOSが届かないということは どれ程悲惨でしょうか?
死に至らないと、ほとんど事件としてマスコミは取り上げませんが、
死に至るまでの日々に刻まれた、子ども達の、そこに確かにある心は
一体どうなってしまうのでしょうか?

しかし、母親たちも今、それとほとんど似ているのです。
密室育児の中、母親たちのSOSは殆ど伝わりません。
子どもを愛したいのに、愛せない・・・
そこに愛があるからこそ、悩む母親たちの悲痛な叫び。

勿論、子どもと大人とでは違います。

でも、確かにそこにある心を「言葉」を使って、
「私の心に寄り添って?!」「僕の心を聴いてよ!」
と、血を吐くくらい叫んでも、なかなか伝わらないのです。

子どもとは、その親だけのモノではありません。
子どもとは、社会全体の預かりものです。
大人が自分を信じ、愛を学ぶ誰よりの教師が、子ども達です。

繋がることが少なくなってしまった今、
どれほど子育てがしにくい状況にあるかをみんなで分かち合い、
母親の心の奥深くからの叫びに 社会全体で、
耳を傾けてほしいとつくづく感じるのです。

母親たちのSOSと子ども達のSOSは、実は相似形のような鏡の状態です。

母親たちが自分の心を大切に大切に 抱きしめられたとき、
子ども達に「安心」という大地が広がり、
そこに初めて次世代へと繋ぐ、豊かな社会が稔るのではないでしょうか・・・。

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