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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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『津波てんでんこ』とはいうものの・・・

一昨日の晩のことです。

最近自宅に電話がある時は、不要なセールスばかりですので、
何だろうと思いましたところ、
(先日、日記「お願い~被災地へ」「蝉と男の子」にて、お伝えしておりましたが)
被災地へ、第二便を送らせていただいた、その方だったのです!

もう とてもとてもお喜びで、本当に恐縮してしまいました。

東松島のその方は、思ったより、お元気そうではありましたが、
この世のものとは思えないほどの、生々しいお話もあり、
まるで『蜘蛛の糸』のようでした。


初めてお話させていただきますのに、
以前から存じ上げていたような感覚に陥り
長話をしてしまい、

最後に、「何でも遠慮なく仰ってくださいね」
と申し上げると、

電話を切る寸前に

「あのぉ・・・申し訳ないのですが・・・
それでは浴衣をお願いします。

ここの者たちが、少しでも元気になりますように・・・

太鼓や盆踊りや・・・以前の趣味がもう一度できたらいいな~
と言ってる者たちがおりますので・・・」


早速、浴衣を用意しておりましたら、
先ほど、その方から今度は、写真入りお葉書と共に、

「東京大学大学院人文社会系研究科~
多文化交流プロジェクト研究ニューズレター」の巻頭エッセイ
「津波てんでんことはいうものの~東日本大震災を生き延びた重さ」
清水哲郎(死生学) のコピーが届いたのです!


そこには、仙台に住む家族の安否を心配して、直ぐに実家に帰られた
清水先生の生のお話が綴られておりました。


津波の被害の酷かった地域で生活しているのにもかかわらず、
被害の程度は知れたものであった人達は、

津波で亡くなった方や親しい人を失った方、
辛い避難所生活を続けている方に対して

「天と地ほど違う生活をしていて 申し訳ない」といった想いが
今も尚 続いているというのです。


「・・・ある小学生の子を持つ母親に
『大変でしたね』と声をかけたところ、
『頭まで波が来たんだよ』と答えてくれた。
そして続けて唐突に
『学校は 先生がいるから私は迎えに行かなかったー
迎えにいったお母さん達は津波にやられたー
私は学校には先生がいるから、迎えに行かなかった』と、

まるで、迎えに行かなかったことの言い訳をしているように聞こえた・・・

(中略)・・・

だが、本人は初対面の者にそのように語りかけて、
わだかまっているものを吐き出し、
これで良かったのだ、仕方なかったのだ、と自分に言い聞かせたい、
言って貰いたいのだろう、と私には思えた。・・・」


震災当時、やはり私もその頃その時間、
娘を小学校に迎えに行こうとしたら、
先に迎えに行った方が、娘も一緒に連れてきてくれたことを
思い出しながら、
そのお母さまの切なる様子が迫ってきました。

震災後、たびたび報じられる、
『津波てんでんこ』という句を
東北に住む人は、心に刻みつつあるそうです。


「津波の時は、他人のことは気にかけて、何かしようなどとはせずに、
てんでに逃げろ」という言葉です。



「・・・仙台周辺で在宅ホスピスをしている、親しい医師は、
訪問看護師の一人を津波で失った。

その看護師は、地震後患者宅に行き、
動けない患者のそばに付き添い、
帰ってきた家族と一緒に、その方を二階に運ぼうとし、
患者を下から二階に押し上げた直後に、
階段の途中で、津波に襲われてしまった。

その医師は亡くなった看護師の同僚たちに

『今度そう言うことがあったら逃げるように』と言ったところ、
『それはできない』という答えが返ってきたという。

医師や看護師という仕事には、そういう責任感がついて回るのだろう。

が、自分が犠牲になるとわかっていても、
そこから退くことはできないという思いは、
またこのような事態になったなら、悲劇をもたらすことになるだろう。

それでも『津波てんでんこ』と私たちは言い続けなければならないし、
その言葉通りに行動した人に
『それでよかったのだ、あなたは適切な行動を選択したのだ』
と言い続けなければならない。

だが、それは人を助けようとして、犠牲になった人に、
『あなたは間違えていた』ということではない。
その人には、『あなたは立派な尊いことをなさった』と言うだろう。

ここが難しいところだとつくづく思っている。

―大震災に臨む死生学の端緒として」


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