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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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父のこと

リビングのブラインドを くるりと ひねると
爽やかな朝の日差しが 部屋の緑を照らす。

そうだ。
ふと 父の遺したものの 続きを読みだす。
母が亡くなった3年ほど前
ばたばたと 実家の荷物を運んだとき 
1ページしか読んでいなかったものだ。

黄色くなった原稿用紙は
ブラインドの近くの 引き出しの中に眠っていた。

《 瑞々しく甘い桃を食べる時期になると 
確か7月6日 千葉市の空襲を 毎年思い出す。
というのも 食べ終わって 暫くすると
空襲警報のサインが 響き渡ったからだ。
周りを見ると 既に空は真っ赤に照り
5~6mあろう 井戸の中に
鍋 大豆などを投げ込み 戸を閉め 逃げ出す。
近隣に焼夷弾が ばらばらと落下。
父と姉は それぞれの方向に 逃げ
私は近くの荒き山の方へ 西千葉から線路づたいに 
稲毛の 亡き母の実家まで 逃げた。
朝8時頃 バケツをもって ひとり とことこ帰ってくると
隣組の人が「やあ 帰ってきたー!」と
みな 声を上げて 喜んでくれたことを 懐かしく思い出す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1930年生まれが 70歳つまり古希と云われる年は 2000年
20世紀最後の年になる。
人間の脳が 能力を発揮するのは 70歳。
記憶力と経験量で 判断すると 一番ピークであると。 》

ここで 終わっている。

そして 父もそこで終わった。
70歳・・・既に 父は 終わりを知っていたのだ。

これは 将に 遺書だったのだ。
今頃になって 初めて知ったとは・・・。
まだ 家族が寝静まる中 涙が溢れてきた。

父は 14歳という多感な時期に
結核で長いこと床に付していた 母を亡くし 
その後 後妻に 育てられた。

何十年も前の7月6日 娘の誕生日と同じ
千葉空襲の頃
猛爆下 生死の間を彷徨いながらも
亡き母の実家へ 母親を求めた。

そこで 生きながらえた父は
母と結婚し 妻に母親を求めた。

私が産まれ 家庭を 大切に守ろうとしたはずだった。

母親を 若くして亡くした父と
父親を 若くして亡くした母は
愛と憎の間を 彷徨っていたのだ。 

細腕繁盛記のように 働いていた母が
気の毒だった。
でも それでも 父が愛おしかった。

たまに 顔を見ると
その タバコのくゆるし方を うっとりと見つめた。

前世で 父は 意中の相手だったのかもしれない。
報われない恋で 終わっていたのかもしれない。
そして 母は 恋敵だったのかもしれない。

今 しみじみ そんな気がする。

娘が 実父との再会を 数日後に待つ 今・・・。
それが はっきりと見えてきた。

どれほど 私は 父に暴言を吐いてきたことだろう。
殺したいほど 憎くて
殺したいほど 愛していた。

報われないほど 好きだった彼がいた。
でも その彼は 
いつまでも 報われないほど 愛していた父の化身だった。

私の結婚の間違えは そこにあった。

でも だから 誰を責めることも
だれの 責任でもない 気がしてきた。


娘が 毎日数通のメールを 前夫と交わすうち
《 質問は やっぱりそこに来たか・・・。そうだよね。
仕方ないよね・・・。(絵文字)
今戸籍は残っているけれど 6年間くらい 単身生活中。
俗にいう 別居生活。(絵文字)
いろいろ 聞きたいけれど 今度会ったときにしようね(絵文字) 》

勇気を振り絞って聞いた 娘は 返信しなかった・・・。

《 ゴメンネ。ショックだったよね・・・。》

彼も 母親の愛に飢えていた。
彼の母親も きっと愛に飢えていたのだろう。

だから 誰を責めることも 
誰の責任でも ない。

でも 娘を想うと やはり 切ない。
この間の 七夕の短冊に 娘は書いた。
《 しあわせな家庭を 築けますように・・・。》

その娘の祈りは 前夫の祈りであり 今の夫の祈りであり
亡き父や 亡き母の祈りであり
そして みんなの祈りであり
もちろん 私の 切なる祈りである。

でも その祈りは どんなことより
私が 「今」を大切に 生きることで
宇宙に あの月に あの星空に 
届けられることなのだと 思う。



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