プロフィール

EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

フリーエリア

胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「生きる」 ということ

GW最後の日、家族みんなで、夫の実家へ行った。
夫の父は、もう86歳になるが、9年ほど前に、妻に先立たれ、ひとりになった。

大手新聞社を勤めあげた 義父は、
今も新聞社の業界新聞に 毎週 記事を載せている。

ワープロで書いていた義父が、最近は、パソコンを買って、原稿を書くようになった。
さすがの義父でも、パソコンはハードルが高かったようだった。
買ってしばらくは、なかなか、使おうとしなかった。
使い出した そもそもの、きっかけは、DVDを観たい!
ということが、発端だった。
ビデオデッキしかなかった義父が、パソコンでDVDが観られることを知ったのだ。

どうしても、観たかった映画…それは、昔の 戦争映画だった。

その戦争映画を みんなに見せてくれていたときに、
戦争の話になったり、 社会の価値観の話になったり・・・
義父の昔話になった。

大学で、国文学を専攻し、古事記や 日本の神話を勉強していた義父は、
将来は、教壇に立って、それを教えるのが夢だった。

だが、戦争が終わったとたんに、全ての価値観が変わり、
自分が学んできたことの 全てを否定されてしまったようで、
体全身の力が抜けた…ということだった。

自分は、この先、どうやって生きていったらいいのか…。

考えた挙句、親には、反対されつつ、
新聞記者になろう!と思ったというのだ。

「でも、どうして、新聞記者だったんですか?」と、私が聞くと、

「そりゃあ、世直しだよ。」と、義父は 得意げに言った。

「世の中、変わってしまったからね…。何とかしないと…と思ったよ。
でも、とにかく、記者の仕事は、楽しくて楽しくて仕方なかったよ。
その代わり、薄給だったけどね。
その頃の記者は、みんな、昼間は、政治家やお偉いさんのところに取材に行き、
夜は、せんべい布団敷いて、冷たいうどん すすっておったよ。
でも、それでも、楽しかったなあ。
だって、自分の書いた記事が、新聞に載るんだからね…。」

そのはつらつとした笑顔が、なんとも言えなかった。
そして、もの凄く、嬉しかった。

若い頃 その仕事の中に見出した「世直し」という
自分の中でのポリシーを生きがいと感じ、
86歳の今でも尚、それを貫き、新聞を書いている。
それこそ、父の「生きる」原動力であるような、気がした。

また、そんな義父を誇りに思った。

今の夫と再婚する前、ご挨拶に義父に初めて会ったとき、
その真摯な姿に、さーっと、滝にでも打たれたように、
心が透き通ってくる感覚があったのを、覚えている。

この義父に会うために、私は、再婚したような…。
いつか、どこかで、聞いた、
「実家は、いつの日か嫁ぎ先へ行くための修行の場」という、言葉を思い出した。

こんな私を嫁として 迎え入れてくれたことを、今更のように 改めて感謝した。


それにしても、私も今、「書く」ということが、楽しくて楽しくて たまらない。




スポンサーサイト

<< 曲がり角 | ホーム | しあわせになる道筋 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。