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EMI

Author:EMI
4人の子どもの母で、ステップファミリーです。

これまでの子育ての経験を元に、
ママたち・パパたちの応援団をしています。

子どもは親を選んで生まれてくるようです。
そしてだれもに、生まれてきた理由があるみたいです。

尊い人生を心豊かに・・・丁寧に・・・

ウキウキワクワク・・・生きていきましょう。

~あなたに代わる あなたはいません~

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胎内記憶のリサーチをしています。 お子さまの胎内の記憶・誕生記憶・雲の上での記憶など・・・お話でも、お絵かきでも構いません。 是非、お気軽にご連絡ください。 luckyemi3580@yahoo.co.jp

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いつかどこかで

ここ2か月ほど前から、どこからともなく、5羽ほどの野鳥がやってきて、
隣の公園に住みつくようになりました。
朝とても早くから鳴き始めるので、お陰さまで私もとても早起きになりました。

寺山心一爺先生の『がんが消えた』の
「鳥たちは日の出24分前に鳴き始める」という、
以前とても感動した一文を思い出しながら、
ヒーリングミュージックにしばし浸り、
再び朝を迎えられたことに感謝して、目覚めます。


今日は、これから香川に出かけます。
10月には長女が入籍するとのことで、
嫁ぎ先のご両親やご親族への御挨拶も兼ねた、最後の家族旅行です。


もしそれを身体で表現するならば、
それは、歓びだけではなく、身体の一部がもぎ取られたような感覚でもあります。
でももし、娘に子どもが出来て、
娘の出産にとびらの外からでも、立ち会うことが出来たとしたら、
きっとその時は、私にとりましても、大いなるデトックスになるだろうと、
理屈ではない、宇宙の神秘に今からひとりでワクワクしたりします。


そして、今朝は・・・

昨夜の神々しい満月と共に、配信させていただきましたMOTHER’S NETのメルマガ
「ママ、みんなで幸せになるために生まれてきたよ!」に書かせていただいた、
(10月6日(土)のイベントをもって、MOTHER’S NETを締めくくることにした報告)
をひとりで思い浮かべ・・・
その後、メールを下さった方々、おひとりおひとりの顔を思い浮かべては・・・
決意した後に、とてつもなく広がった寂しさを
再び身体全体で感じておりました。


『いのちの絆の物語~母と子へのメッセージ』
池川明・澤谷鑛 共著・MOTHER'S NET編(南方新社)
 http://amzn.to/inochitokizuna 
の出版記念講演会「ママ、みんなで幸せになるために生まれてきたよ!」から始まり、
ドキュメンタリー映画「うまれる」や「SWITCH」の上映会。
現中学校教諭の醍醐千里先生によるお話会「思春期の子どもの心に寄り添うには」。
小児科の向後利昭先生によるお話会「手抜き子育てのススメ」。
吉田美里さんのヴァイオリンの演奏とのコラボで行われました、
池川明先生の講演会「子どもは親を選んで生まれてくる」。

そして、ワークショップやしゃべり場など・・・
さまざまな活動を通して、本当にみなさまと共に学び合って参りましたが、
今は、この選択しかありませんでした。


でも、もしかしたら、突然、何かの企画をするかも知れませんし、
また、形を変えて何かを始めるかもしれません。
その時は、どうぞよろしくお願いいたします!

本当にこれまでご支援いただき、ありがとうございました!
言葉なんて、本当に陳腐なものだと思いました。
でも、本当に心から感謝しております!

いつかまたどこかで、お会いしましょう。
私たちの歩く道のりは、それぞれであったとしても、
必ず繋がっているはずですから・・・。

こころから・・・
愛と感謝を込めて・・・

最後のイベントのご紹介です!
イベント終了後は、講師の池川明先生、飛谷先生を囲んでの
最後の懇親会も予定しております!
是非、お越しくださいね!^^

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「根っこのはった子育て~胎内記憶と深遠なる家族の絆
~池川明先生&飛谷ユミ子先生のコラボ講演会
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

子ども達の胎内記憶、知ってますか?    
子ども達の本来持つ能力、知ってますか?
それは、大人たちも持ちあわせていたはずの記憶であり、能力なのです。
「人間」である前に「生命体」として持っていたはずの能力とは、
地球の大自然と融合し、お互いの人生を尊び合う「智慧」です。
その本来持つ能力を引き出すことこそが、本当の教育と言えるのかも知れません。


「ひとりひとりの出産」を産婦人科の現場で見守り、
子どもたちの語る「胎内記憶」を通して、
「子どもは親を選んで生まれてくる」ことや、
「誰もが学びのために自分の人生のシナリオを描いて生まれてきていた」ことなど
提唱しておられます、池川クリニック院長・池川明先生。

七田チャイルドアカデミーの故七田眞氏とともに、
幼児右脳開発の第一人者として知られ、「根っこのはった子育て」を
提唱しておられます、飛谷こども研究所・飛谷ユミ子先生。

地球人として、今、大切なこのとき。 

より子育てや人生を楽しみ、
心豊かに生きるための気づきのシャワーが降り注がれるはず!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
□ 日時:10月6日(土)13:30~16:30(13:10開場)
  * 質疑応答の時間もございます!
□ 会場:女性就業支援センター4F第1セミナールーム
□ 参加費: 2,000円(事前振込み優先)~託児はございません。
□ お申込み方法:HP / http://npomothersnet.com
または FAX / 045-891-9655(氏名・ご連絡先・参加人数を記載して下さい)
(10月4日を締切と致しますが、定員になり次第HPにて、お知らせいたします。)
□ お問い合わせ:info@npomothersnet.com/  または
090-3431-6476(紅林千賀子・くればやしちかこ)
* 13:30以降にお願いします。
□ お振込先:
  ゆうちょ銀行:〈店名〉0ニ八〈店番〉028〈記号〉10210〈番号〉51143521
* お振込の完了をもちまして、お申込み完了となります。

☆池川明先生からのメッセージ☆

子どもたちのメッセージから、私たちの人生は自分たちで選び取った
魂を磨く学習の場であることがわかってきます。
全てのことに意味があり、辛いこと嫌なことが、
実は自分の人生で最後に幸せになる種であることに気がつくと、
それまでの人生が全く違ったものに見えてきます。
周囲の状況はなにも変わらないのに、辛い経験も思いを一つ加えるだけで
幸せになるわずかの違いでしかないことに気がつけば、
その時から人生楽しくなるかも知れません。
子どもたちから聞いた不思議な話は、
そんな人生をプレゼントしてくれるかもしれません。


☆飛谷ユミ子先生からのメッセージ☆

宇宙・地球・私たち生き物は全て繋がった一つの生命体であったはず。
しかし人間だけが科学という名のもと、違った方向へ進んでしまったようです。
子どもたちと毎回のレッスンで取り組んでいることがあります。
横になり、ハートからのエネルギーで楽器を使って、
教室・家庭・学校・日本・地球・・・そして宇宙と繋がるイメージをします。
「宇宙は地球のお母さん、地球は私たちのお母さん、
みんなひとつに繋がって生きています」と。
子どもたちは静かに目を閉じてイメージを続けます。
するとその場に穏やかで静かな空気が流れます。   (レッスンの現場から)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

結婚

娘とそして婚約者と一緒に、実家のお墓参りに行った。
空は青々と晴れ渡り、とても梅雨とは思えない。
お墓につくと早速、二人はお墓の掃除をはじめた。
そして仏花を飾り、準備が整うと、二人はそこにしゃがみ込み、
何やら神妙に、結婚のことを両親に報告していた。

私と娘の二人暮らしを誰よりも支えてくれていたのは、
実両親だったからか・・・娘の報告の時間はとても長かった。

お参りをすませ、今度は一緒に、義父の家に挨拶に向かう予定だったが、
二人が、何か荷物を取りに行くというので、一旦駅で別れた。
彼に寄り添いながら、ホームの反対側に向かう娘の、
私には決して見せることのない表情を見送ると、
電車のドアは静かに閉じた。


その後、義父の家に、娘と彼が来て、家族全員が揃った。
もう直ぐ91歳になる義父は、それはそれは大喜びしてくれた。
みんなで夕飯を共にすると、彼が持ってきたカメラで、集合写真を撮った。

「本当に不思議なものだね、ご縁というものは・・・。
こうして、香川の方とご縁が出来るなんてね・・・。
でもきっと、ご先祖さまか・・・何か解らない・・・
何か不思議な約束ごとみたいな・・・そんなものがあったのでしょうね・・・。」

義父は静かに笑いながら、孫たち独りひとりに目をやった。


数日後、義父の家に、ささやかな食事を持って出かけた。
すると、まだ興奮冷めやらぬ感じで、義父は私に言った。

「惠美さん。本当に良かったね~。
藍ちゃんも、あんなに素晴らしい方と出会って・・・。
これからは、これまで以上にしあわせになって貰わないとね・・・。
それにしても、あなたは本当によく4人の子どもを立派に育ててくれました。」

「そんな・・・とんでもない、お父さん。立派だなんて・・・」

すると言葉をさえぎるように、
「そういえば、言ってましたよ。とし子がまだ生きていた頃・・・
『 僕が先に死んで、君が残ったらどうする? この家で独りで暮らすか?』
って、聞いたことがあったんですよ。
そうしたら、とし子は
『 いえいえ・・・私はすぐに惠美さんのところに行きますよ。
あの娘は、苦労している分、優しいからね~』って・・・。」

「お義父さん。何で今頃・・・」

思わず言葉を失い、わっと涙が溢れた。
義父も眼鏡を外して、涙を拭った。

再婚した当初の 「恵美さん。頼みましたよ」
という義母の短い言葉が頼りだった。
本当に賢い義母だった。
そんな義母が亡くなって、13年間もひとりでしっかり生きている義父。

毎朝3時半に起き、神棚やお仏壇のご給仕を終え、
自分で考案した神前体操を終えると、
4時半から一時間、散歩がてら新聞を買いに出かける。
帰ると、自分で考案した健康食(バナナとトーストと牛乳)を食べ、
未だ記者時代の使命感を失わず、業界新聞に載せる記事をワープロで打ち始める。
4時にはお風呂に入り、その後夕飯と晩酌を済ませると、6時半には、床に着く。
・・・それが義父の生活のリズムであり、生きる術だった。

私たちはと言えば、4人の子ども達それぞれの学校のことや
実両親の闘病のことなどを口実を作っては、我儘に生きてきたのに、
今頃そんな言葉を聞かされるのは、本当に申し訳なかったし、恥ずかしかった。

義母はあの世で、どんな想いでいるだろう・・・。


・・・ふと思い出した。
娘と二人で初めて、この主人の実家にご挨拶に来た小春日和の日のことを・・・。
応接間に通され、まだ6歳だった娘と二人で、ちょこんとソファに座っていると、

「やあ~よくいらっしゃいました!」

義父の爽快な笑顔に、
「バツ」がついた私と その横に何も知らずに座る娘の藍を
そのまんま、ありのまんま、受け入れてくれたのを感じた。

そしてその真摯な姿に、
陽だまりの中、滝のしずくがライスシャワーのようにキラキラ舞い、
身体中の毛穴から毛細血管の隅々までが、
その清らかな流れの中に溶け込んでいくのを感じたのだった。


私たち家族は、それぞれに何があっても、
しっかり大地に根ざした「義父」という大木の元で、
これまで育んでこれたように思う。
自分自身の「良心」だけでなく、
自分自身の「義父」に恥じないよう、
・・・何かそんなもので繋がりながら、育ってこれたように感じる。
主人や私も・・・。


そして義父は続けた。

「これからも身体に気を付けてくださいよ。
あなたは大切な人なのですから・・・。」


感謝しきれないほどの想いと共に、

私は本当に山田家に嫁ぐことができたように
初めて心から思った。



梅雨の日の夕焼け


蝶が運んできてくれた

「近くの病院にまた薬を貰いに行ったんだけど、
ちょっと話さないとならないことがあるから、今から帰るね」

実家を離れ独り暮らしをしている長女からのメールだった。


むくっと起き上がり、台所に立つ。
娘の好物のお野菜たっぷりの切干大根を作り始めた。


「ただいま」の声がか細かった。
・・・さあ、とにかくご飯だ。

美味しそうに、おかわりをする娘の姿にホッとした。
食事が終わり、お茶を入れると、娘に病院の先生の話を聞いた。

一番下の娘は直ぐに察知して、
テレビを見ながら、背中で私たちの会話を聴いていた。

かなり酷くなっていたようだった。


「数値なんて、気にしない方がいいよ」
と慰めながらも、放射線治療という響きにすくんでしまった。




数日後、娘から今度は携帯に電話が入った。

「彼から、言われちゃった。
実家に帰って、治療に専念しなさいって・・・。
このままハードな仕事を続けて、
自分の身体に向き合わないなら、
もう別れるって・・・。」


付き合っている彼の言葉が
やっと娘の胸に突き刺さったようだった・・・。


娘が発病して、かれこれ4年の年月が経つ。

夜の10時から営業会議が始まり、
深夜に帰るという過酷な仕事を続けてきた娘に
何度仕事を辞めるように言っただろうか・・・。

コンビニ弁当は保存料だらけだし、
外食も栄養が偏るから止めるように何度言っただろうか・・・。

駅まで17分の距離がまともに歩けなくなる姿を見て、
ホームで、何度隠れて泣いただろうか・・・。

甲状腺からのメッセージは、
きっと、言いたくても言えなかったことなのかも知れない・・・。

ふと、母子家庭生活の頃に、ある人に言われたことを思い出した。

「お嬢さんにしてみたら、向こうは大島と言う感じでしょうね・・・」

それは再婚しても、ずっと続いていたのだろうか・・・。



あまりにも自分の身体を酷使する娘が痛々しくて、
何をしていても娘のことが頭から離れない日々が続いた。

買い物帰りに、とぼとぼと歩いていたある初秋の頃・・・
目の前に、ひとひらの桜の葉が落ちてきた。
その瞬間、
「いいんだ・・・これで・・・。
時が来れば、葉は落ちるし、
時が来れば、必ず花が咲くのだから・・・。」

桜の葉に教えてもらい、やっと肝を据えた。


神様・・・私からでなくてもいい・・・
いつの日かきっと・・・どなたかから・・・何かから・・・
娘がちゃんと自分の身体と向き合い、
自分の身体を大切にする日がきますように・・・。


・・・やっとその想いが届いたのだろうか・・・。
・・・やっとその時が来たのだろうか・・・。



とても嬉しくて・・・
・・・そしてちょっぴり悲しかった・・・。



昨日の夜のことだった。
娘からまた、メールが届いた。

「彼から、正式にプロポーズされた。近いうちに挨拶に行くと思う。
ちゃんと身体を治す。夏までには仕事も辞める。」

挨拶に来るって・・・
「お嬢さんをください」
って、言われるのかな・・・。

そうしたら、主人はなんて答えるのだろうか・・・。
まず鼻をすするだろう。
そうして、
「ふつつかな娘ですが、どうぞ宜しくお願いいたします」
と言うのだろうか・・・。


今の夫が娘の父親になったのは、
娘がまだ7歳の頃だったから、もう21年余りも、ふつつか過ぎる娘だった。
まともに、しつけられなかった娘だった。
これから躾け直さないとならない娘だ。

「実家とは、いずれ嫁ぐための修行の場」
とどこかで聞いたことがあるが、
何の修行もしていないではないか・・・。


料理が得意な彼・・・。

やっぱりどこかで彼女は彼に、実父を求めていたのだろうか・・・。
とても器用だった寿司職人だった娘の父親である別れた夫を思う。

娘の実父も、祝福してくれるだろうか・・・。


そう言えば、昨年の5月は、
娘と一緒に、新幹線に乗り、
娘の父親の亡きご両親のお墓に
新潟まで初めてお墓参りに行ったのだった。


「大変ご無沙汰してしまい、申し訳ございませんでした。
○○家の嫁が務まらず・・・本当に申し訳ございませんでした。
特に、娘のことは、とても可愛がって下さりましたのに・・・
突然、連れ出てしまって、
どれ程、寂しい想いをさせてしまったことでしょう・・・。
○○さんにも、辛い思いをさせてしまいまして、
本当に申し訳ございませんでした。
その後、私は再婚し、そして娘は、お陰さまで、もう26歳になりました。
これまでもずっとお見守り下さり、本当にありがとうございます!
どうぞ、娘のことは、これまで通り、見守ってやってください」


お墓から帰るとき、
急に現れたモンシロチョウが私たちを見送ってくれた。
そのモンシロチョウの姿に、亡き義両親を感じ、
「結婚が決まったら、また来ようね!」
と言って、娘と帰ってきたのだった。


別れた夫のご両親が、
このご縁を・・・
運んできてくれたのだろうか・・・。














ホームシック

仕事を終え校門を出ると、直ぐにイヤホンをつける。
Yumingの詩と松任谷正隆の音と共に、私の世界は広がり、
軽やかに坂道を下るように、私はゼロに還って行く。

それにしても、どうしてこんなに私は彼女の音楽を愛しているのだろう。
子どもの頃から、家に居ながらもホームシックにかかっていたあの淋しさを
やさしく包んでくれたのが 彼女の歌だった。
こんな想いは、きっと誰も解ってくれないだろうから、
大人になるまで人に話したことはなかったし、
後にも先にも、同じ想いを話してくれたのは
『西の魔女が死んだ』のまいだけだった。

再婚してからもなお、私のホームシックは続いた。
だからなのだろか・・・私が彼女の音楽を封印したのは・・・。
ホームシックにかかってしまう自分に、
きっとどこか、後ろめたさを感じていたのだろう・・・。

そしてそれから、20年もの間、私は彼女の音楽の一切をやめた。
だから、両親が亡くなり、パンドラの箱から彼女の旋律が飛び出てきたその瞬間、
抉られるほどの胸の痛みは、言葉では表せないほどのものだった。

宝石のような彼女の歌は、一小節ごとに、私の人生の物語を綴ってくれた。

抉られながら、私はからからに枯れるほど、泣くことが出来たし、
細胞のひとつひとつ そのすべてで、味わい尽くしたから・・・
今はもう過去を紐解くわけでもなく、
今度は、この惑星が醸し出す 時の流れの切なさと
この自然の輪の中におこがましくも、居させて貰えるしあわせを感じているのだ。


あとどれくらい・・・この輪の中で、この美しさと共にいられるだろうかと・・・。



それにしても、横を通る車も、急ぎ足で歩く人々も、
音のない異次元を生きるあやつり人形のようで、
風に揺らぐ木の葉だけが、
「どうしてそんなに急ぐんだい?」
と、そっとやさしく遠くから見下ろしているようだ。

あの人たちも、時々ホームシックにかかることがあるのだろうか・・・。


ああ・・・それにしても、働いた後の風はなんて心地が良いものだろう・・・。
家につき、ごろんと寝ころがると、やさしく風が頬を撫でてくれた。

「忙しい」という字は、「心を亡くす」と書くように、
ここのところ、忙しさにかまけ過ぎていた。
仕事が終わっても、まっすぐに家に帰れる日は、ごく僅かだったし、
今年は新年早々、息子の受験もあったし、
(お陰さまで、去年からの希望の大学に入学することができたが)
その後、義父が入院したり、退院したり、駆け足で月日が過ぎて行った。


ぼんやりしていると、携帯に娘からメールが入った。
実家を離れ、ひとりで暮らす長女からだ。


夕映えの時間


学校のポプラ並木がもう裸になってしまった。
寒そうだけれど、決して寂しそうではなく、凛と立っている。

花をつけたまま枯れてしまった額紫陽花も、それはそれで風情がある。

小春日和のある日、野球場近くの土手に、タンポポがいくつも咲いていた。

何をどう間違えてしまったとしても、
そこに花をつけて
ただそこに居てくれたのが、とても嬉しかった。


家に帰る途中
リハビリをしていた近所のおじさんに出会った。

数年前に脳梗塞を患ってしまい、歩くのが不自由になったのだ。

ただただ、一所懸命歩こうとしている姿が
そのまま美しかった。

痛々しくなんてない・・・

ただただそのまま美しかった。


夕映えにカラスが鳴いていた。


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